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ヤコブ

 日曜の午後の礼拝では、創世記を学んでいます。35章まできました。ヤコブの生涯をたどっているところです。

 あらためて思うのは、ヤコブがいかに計算高く、世知にたけた人であったかということです。「ヤコブ」とは他人のかかとをつかんで引き下ろす人、という意味です。彼はまさに自分のことしか考えなかった人でした。

 そのヤコブが「イスラエル」、すなわち神は勝利するという名に変えられました。人を蹴落とすことだけを考えていた人が、神の恵みに生かされて生きる人に変えられたのです。

 そこには、彼自身の能力や努力や修行といったものはみじんもありませんでした。神はご自身の祝福を担う者として、彼を選んでくださいました。彼の背に担われた神の祝福そのものが、彼を変えてくださったのです。

 それを知るとき、クリスマスは突発的に到来したのではないということがよくわかります。ヤコブはクリスマスの喜びを先取りしていたのです。
 そしてわたしたちは、ヤコブ(や旧約の時代の信仰者たち)よりも鮮やかに、神の祝福を知らされています。イエス・キリストによって。

 

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