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キリスト教は排他的?

 某政党の指導的立場にある方が、キリスト教は排他的である旨の発言をなさったとか。かなり以前にも、さる政治家の方がよく似たことをおっしゃったように記憶しています。いずれにせよ、唯一の神を信じる信仰イコール排他的、多神教的宗教イコール寛容というのはあまりに短絡的な発想です。

 このことについてレスポンスを始めると、おそらく相当長くなると思いますので、ふたつのことだけ。ひとつは、キリスト教は決して排他的ではないということ(「排他的」という言葉をどのように規定するかは別として)。もうひとつは、宗教は(あらゆる宗教がそうですが)国家や政治に利用されるときにこそ、最も排他的になるのだということです(これは歴史の教訓です)。

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コメント

宗教、宗派って、基本的に民衆の信仰心を集めている時、いわば、宗派が「生きている」時代には、排他的というか「戦闘的」だと思います。
現在の仏教が排他的でないのは、宗教として「死んだも同然」だからではないでしょうか?
歴史を振り返っても、仏教がもっとも日本人に根ざしていた時代は鎌倉から戦国時代あたりだと思いますが、非常に戦闘的でしたよね。でも、江戸時代に入って檀家制度ができて、平和的になっていったけれども、同時に宗教としての力を失っていったと思います。

 マスコミ報道でしか知りませんが、イスラム主義者の自爆テロ報道を見るたびに「イスラムは今現在、生きている宗教だな」と痛感します。

投稿: 偶然の通行人 | 2009年11月12日 (木) 22時11分

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